大きなブッダは美男におはす? (2010/02/24)

昨日、澄んだ青がどこまでも広がる清々しい春の日差しの下、鎌倉の大仏様にご挨拶に行って参りました♪
高校生(16歳)の修学旅行以来、実に29年ぶりの再会です!
ことの発端は一昨日前にかかってきた国際電話。
外国生活が長く日本史に疎い知人の女性との会話でたまたま鎌倉の話題になり、「ガイドブックで知ってるわよ、大きなブッダがいるところでしょ?」と言われたのがきっかけとなりました。
大きなブッダ??
おそらくガイドブックには「 Great Buddha 」とか「Big Buddha」とあったのをそのまま日本語に直された発言であることは明白だけれど、「大仏」=だいぶつという聞き慣れた固有名詞の、なにやらどん詰まった固まりのような響きよりも、素直な晴朗さが心地よく感じられ、「だったら大きなブッダに会いに行きたいなぁ」とこれまた素直に行動に出たのでした(笑)。

平日のお昼どきにもかかわらず天気が良いせいもあって普通に観光客で大にぎわいでした(汗)。
さすがに大きなブッダです。ただそこに居るだけなのに、長い歴史を通じて多くの人々を引き寄せ、癒して来たのがわかるたたずまいです。
そして今日、たまたまランチに入ったラーメン屋(白金)に、まさにそんなブッダのことを綴った詩が掲げてありました。

ちなみに大きなブッダを後ろから見ると・・・

なぜか天使の翼が生えています(嘘)。
ところで大きなブッダの奥には与謝野晶子さんが詠んだ歌碑があります。

かまくらや
みほとけなれど
釈迦牟尼(しゃかむに)は
美男におはす
夏木立かな
聖なるみほとけとはいえ
鎌倉のお釈迦さまは夏の木立を前に
実に美男でいらっしゃるなぁ
と、ひねることなくストレートに女性的な感性を詠われ、それがわざわざ碑として今日にも残されているというのがある意味おもしろいです。
それならばと、あらためてじっくりとお顔拝見!

ちょっとうつむき気味な感じがいいですね。

正面から見ると包容力のあるやさしいまなざしを感じます。

目鼻立ちの均整もとれていますね。

よく見ると瞳もちゃんとあります(あたりまえ?)。

瞑想のときに用いる半眼です。あちらとこちらを超越したまなざしです。

口元をよく見るとおヒゲがあります。ちょっと失礼な表現ですがナマズのヒゲっぽいですね。当時の流行でしょうか?? 下唇の中心にあるのはおひげでしょうか? それともピアスでしょうか? イカしています。
やはり緑を背景にたたずむ姿には安定した美しさがあります。

ところで与謝野晶子はこの大仏様を「釈迦牟尼」と呼ばれたわけですが、このお寺である高徳院は「南無阿弥陀仏」の浄土宗であって、しかるに本尊は阿弥陀如来ということになっています。
ですから一説では与謝野晶子は阿弥陀さまをお釈迦さまと勘違いをしているのでこの歌碑はおかしい、という批判があるようです。
しかしながら体系化された仏教の細かいことはわかりませんが、鎌倉の大仏はやはり「大きなブッダ」、すなわち釈迦牟尼が宿って大いなる威光を放っている存在である、と感じました。
おそらく彼女はその威光の本質に触れて、さりげなく「美男におはす」と日常的な表現で詠まざるを得なかったのだろうと思うのです(阿弥陀如来は観念的な存在ですが釈迦牟尼は実在した人です)。
「大きいブッダ」といえば「リトル・ブッダ」(1993)というベルトルッチ監督の傑作映画がありましたが、あの映画のブッダも美男でおはしましたね♪


それにしてもこの大きなブッダ、国の史跡にも指定され、これだけ有名であるにもかかわらず、その創立の起源や経緯がいまだによくわかっていない、という事実を今回初めて知って改めて驚かされました。
そういう意味でも鎌倉の大きなブッダは実に神聖にして神秘なるたたずまいなのでありました♪
阿蘇にて 水を求めて〜編 (2010/02/23)
遅ればせながら2月14日の日記です(汗)。

霧につつまれた草千里から下山するとまず目につくのがまるで人工物のような米塚(こめづか)です。
名の由来は山頂部がちょうど米粒の頭のようにえぐれているため。子供の頃に登った記憶がありますが、いまは環境保全の為に立ち入り禁止となっています(泣)。
次に向かったのは温泉! 山頂はあまりに寒かったのでとりあえず近くの地獄温泉(!)で暖まることにしました。

清風荘という宿が解放している温泉ですが、ドロ湯で知られる露天の「すずめの湯」はなんと混浴でした(!)

男性陣はどうしても露天風呂に入りたかったのでチャレン〜ジ!(一緒に入りたがった女性参加者もいましたがバスタオルの準備がなかったのでお断りさせていただきました 冷汗)
混浴といってもせいぜいお年寄りの女性が居るくらいだろうと思いきや・・・なんと20代の女性や30代、40代、50代(おそらく)と普通にいらっしゃったのには驚きでした(汗)。
すっかり暖まると無性にお腹が空くものです。
少し早いけど地元産の食材をいっぱい買ってお鍋の準備♪

もちろん、おいしいお酒は欠かせません。今回は地元の焼酎がずらり♪

5時半から11時半まで延々6時間も食べ続け〜(驚)
翌朝は8時近くに起床(汗)

ちょっと曇ってます。

外はクルマが凍るほどの寒さ!

霜柱なんぞも久々に見ることができました♪

ところが幣立神宮の東御手洗(あずまみたらい)へ御神水の状況を確認しに行くと・・・

湧き水がほとんど出ていません(汗)。おばあさんが独りポリタンクに汲もうとしゃがんでいましたが10リットル溜めるのに少なくともあと1時間はかかりそうな勢いです。
そこへちょうどやって来た地元の参拝者に、もう一カ所別にあるという西御手洗を教えていただきました。
こちらへ来るのは初めてでしたが・・・

こんな畑のなかにこつ然とあります。

しかし・・・ここにいたっては一滴も水が流れていませんでした(大汗)。
これも新月の為せる御わざでしょうか?
それでも美味しそうなクレゾンがいっぱい! 水が新鮮な証です。

新月のピーク(11時50分頃)までまだ時間があったので水道橋の名所、通潤橋(つうじゅんきょう)を訪れてみることにしました(奔流のごとく溢れ出る水に未練があったのかもしれません)。
ところが・・・

今日は改修工事ばしよるけん、水ば通しとらんですもんねぇ〜 と、なぎら健壱の顔をした職員さん。

これ、相当高い所での作業ですが写真ではわかりませんね。
仕方なく、朝ご飯のオニギリを食べるところをさがして裏山の吊り橋のあるところまで下ることに・・・

するとどおでしょう!
目の前にはこんな絶景が♪


ドバ〜っと!!
これが見れただけですべてOKってことで♪
阿蘇にて 霧の火口編 (2010/02/19)

千里の草原がつづくとされる「草千里」・・・でも霧におおわれて視界はほとんどなし(泣)。
視界はなくてもせっかくなので火口付近まで行ってみることに・・・・・


実際、危険なときもあるらしいです。

ちなみに黄色が点灯していました(汗)。

真っ白な世界で見るものもなく立ち尽くしていると・・・
唐突に火口案内47年(?)というベテランガイドが現れて勝手に案内してくれました(笑)
火口の底にはエメラルドグリーンに輝く水たまりが見えるはずでしたが今回はまったくご縁がありませんでした(泣)。
ちゃんと見える火口の空撮はこちらでそうぞ♪
旧暦の正月が明けました〜♪ (2010/02/15)

2010/2/14 阿蘇、蘇陽にて

この日は新月のピーク時間が午前11時50分頃。つまり正午以降に大きなシフトチェンジが起こったわけですが、何か感じられましたか?
幣立神宮では、なんと湧き水の流れが止まってしまいました〜!!


おばさんも口あんぐり・・・
ECCOではもう幣立神宮で水を汲まなくてよい、というサインと受け取りました♪
なので今回から水汲みなし!
ECCOとしては新しい夜明けの始まりです!
今日は節分! (2010/02/03)

いろいろな意味で節目を迎える今月の言葉はこれ!
実は一休和尚の遺言とされている言葉です。
一見あたりまえに聞く励ましの言葉のようですが、一休和尚によるこの言葉をめぐる逸話を知ると実に奥の深い言葉であることがわかります。
彼は死の床で、小箱を用意させ、集まった僧侶たちに言ったそうです。
「この中に私の遺言状が入れてあるが、すぐに開けてはならない。本堂の仏壇の中に入れておき、100年後になって仏教が滅ぶか、寺が倒れるかというようなこの寺の興亡の一大事が生じ、人々が相談に相談を重ね、ありとあらゆる知恵をしぼり、議論をたたかわせてみてもどうにもならぬというときに、7日間のあいだ『大般若経』を読んで禅の修行をしてから初めて箱を開いて遺言状を読むがいい。そうすればその大事件の解決法が分かるであろう。」
そらから実際に100年後、寺の存亡に関わる大事件が起こり、いよいよ時来れりと僧侶たちが7日間の修行の後に期待に期待を膨らませて小箱を開けると・・・出て来たのは紙一枚に上の言葉。
果たして今月の言葉に選ばれたのが、この一休和尚の遺言であるというのは偶然なのか、あるいは2010年の今月が皆さんにとって100年に一度の大変な状況となるというシンクロニシティなのか?
たとえそうであっても・・・・・・
なるようになるので心配いりません、フロー道でゆだねて行きましょう♪
一休宗純 像2009年1/15 酬恩庵にて

