フォト日記

泉岳寺へ そしていざ鎌倉へ!? 追加画像・動画あり2/1 (2010/01/31)

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昨晩のECCO忠臣蔵上映会は、実際の赤穂浪士47人の討ち入りが西暦1703年1月30日の満月であったことを受けて、その歴史的意味と精神性に共時的に感応するために試みられた(少なくともボクにとっては)非常に意義のある会でした。

そして本日31日、朝9時過ぎには泉岳寺に浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)と大石内蔵助(おおいしくらのすけ)をはじめ、赤穂浪士たちをお参りしてきました。

すなわち、赤穂浪士たちが吉良上野介(きらこうずけのすけ)の御印(首)を持って浅野内匠頭のお墓に奉献しに来た時刻です(Wikipedia では8時頃とあった 汗)。

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もう梅が咲いていました♪

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浅野内匠頭が切腹した庭で、その血が付いた庭石と梅の木をここに移設したそうです。

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まず、48人分のお線香を購入します(実際にお墓があるのは46士、それに浅野内匠頭と御夫人)。

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お墓の配列図。


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まずは浅野内匠頭の墓です。

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そして大石内蔵助の墓。

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意味ありげにスポットが当たっているところに注目すると・・・なんと大石さん、二月四日(西暦では今年は3月19日)に切腹されて行年(享年)45歳! ボクも今週末二月六日で45歳(汗)

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大石さんの墓の上にはなぜかスズメが整列して並んでいます(謎)

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若い人もお参りに来ています。

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大石さんのお墓の向に立つ樹。おそらく元禄の当時からここに立っていたと思われます。

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帰る頃には意外と多くの方々が訪れてきました。

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泉岳寺正門の裏にそびえる巨大な松(全体を撮っても迫力が伝わらないので下から)。

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そして大石内蔵助像!

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持っている巻物は討ち入りに参加する47名の名前と血印が記された血判書。


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家紋はご存知「右二ツ巴」♪

年齢も同じ事だし、ボクも彼の生きざまに少しでも近づくべく、今年は特に山鹿素行を勉強させて頂くことにしました。

これは赤穂浪士鎮魂のための水琴窟の音です。


ところで今日はその後、所用があって鎌倉まで足を伸ばしてきました(謎)。


その所用の帰り、近くに竹の庭で有名な報国寺があることを知って立ち寄ってきました。

以下はそこでの画像。解説ははぶきます(笑)。

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竹林内にある茶屋


抹茶を啜りながら水流の音に耳を傾ける風流♪(ちょっと周りが騒がしいですが 汗)

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さて、またしてもシンクロが起こりました。

なんとこの報国寺は上杉家の菩提寺だったのです。上杉家といえば赤穂の宿敵、吉良上野介の隠居先(彼の息子が養子となって上杉家の藩主になった)。実際、忠臣蔵で描かれるのは、浅野家の家老・大石内蔵助と上杉家の家老・千坂兵平(ちさかひょうべえ)との謀略戦なのであった。

そしてこの報国寺の紋こそ吉良家の家紋と同じ引両紋だったのです。


実は浅野家の家紋についても凄いシンクロがあるのですが、これについてはまた今度。


そんなわけでボクは今日一日で無自覚のうちに浅野家の菩提寺と上杉家の菩提寺にお参りに行ったわけですね〜

そもそも赤穂事件の事の発端は吉良上野介と浅野内匠頭の刃傷事件をめぐって、喧嘩両成敗の鉄則を幕府が破って片手落ちの処罰(浅野は即切腹、吉良はお咎め無し)が下されたことにあった。

だからきっと今日のこの日、両方の寺に参る必要があったのでしょう〜


めでたしめでたし♪

忠臣蔵といえば陣太鼓! (2010/01/30)

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そして先日帰郷した熊本の名菓といえば「誉の陣太鼓」。

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もちろん、叩く太鼓ではなく食べる太鼓です♪

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お菓子業界では初めて製法特許を取得したという「紙缶詰製法」。16枚の見事なプリーツで美しい円筒状の包みとなって60日もみずみずしくお餅を保存できるそうです。

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さて肝心の中身は〜♪

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契約栽培の北海道産、最高級大納言あずき餡の中に求肥(ぎゅうひ)を内包した和菓子♪
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ところで熊本でなぜ陣太鼓なのか? 軽い気持ちで問い合わせてみたところ、名菓の老舗らしい素晴らしいご返事が届いたのでそのまま紹介させていただきます。

*****

「陣太鼓」の名前の由来についてですが、
皆様よりいただくご質問としまして、忠臣蔵に関係があるのでは、
というものが多くございます。

忠臣蔵の討ち入りのシーンで登場し打ち鳴らされる陣太鼓の打ち方は、
山鹿流陣太鼓と呼ばれ、「士道」を唱えた当時の大学者であり、
赤穂浪士が師事していた山鹿素行の兵法の流儀です。
実際の討ち入りにはおそらく用いられなかったであろうという説が有力ですが、
忠臣蔵の物語のテーマが「士道」であると解釈することにはおそらく異論はなく、
そのシンボルとして物語のクライマックスに、
山鹿流陣太鼓が登場する、ということになったのではないかとも言われているようです。

正直なところ、弊社商品・誉の陣太鼓を開発した創業者自身は、
命名の由来を明かすことはありませんでしたので、正確な記録がございません。
ただ、誉の陣太鼓が生まれた時代は、
忠臣蔵の物語は映画などになることが多かったようです。
開発した創業者がその影響をまったく受けなかったと解釈するには、
無理があるといわざるを得ません。

命名の由来を創業者が明かさなかった理由もはっきりしません。
忠臣蔵の陣太鼓は、あくまで物語のシンボルとして登場したものとして、
実の部分、すなわち山鹿素行の「士道」に、
結び付けたかったからかもしれないとも推測されます。

歴史的には、復讐を果たした大石内蔵助はじめ17名の志士は、
熊本藩細川家に預けられ、切腹するまでその屋敷(江戸)で過ごしました。
また、細川家の家臣が、山鹿素行から受け継いだ彼らの振る舞いに大変感銘を受け、
17名の遺髪をもらいうけて、
故郷の熊本県山鹿市にある日輪寺に塔(遺髪塔・現存)を建て、
手厚く供養しています。
このような熊本との縁にあやかる意義もあったのかもしれません。
これもあくまでも社内的な解釈のひとつです。

記録がございませんので、不十分な説明にならざるを得ず、
大変心苦しいのですが、どうかご理解をいただきすようお願い致します。

今後とも、お菓子の香梅、誉の陣太鼓をご愛顧くださいますと幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。


実際には山鹿流陣太鼓というのは存在しないそうですが、山鹿素行によって赤穂浪士の主要人物たちが思想的影響を受けていたのは史実のようです。

そして、この山鹿素行の思想こそが今日まで愛されている「忠臣蔵」の本質的なテーマであることが、この丁寧な返答文で明らかになったのでした。

それは「士道」という言葉に集約されています。

どうやら一般に「武士道」と呼ばれるものとと山鹿素行の「士道」は似て非なるもののようです。

以下はリンクからの抜粋です。

****

 素行の士道論では、死はつねに心に置いておくべきですが、それは人間がいつ死ぬかわからないから、普段から一瞬一瞬を懸命に人倫を生きることの重要性が説かれています。

武士が為政者でいられるのはその高い道徳性にあります。武士は人倫の指導者的立場にある以上、僅かなことにも礼儀を正し、他の身分の模範とならなければならないのです。

武士の身分は道徳的優越性に基づいており、道徳的自覚のない侍はたんなる遊民にすぎません。武士が従うべきなのは道徳規範であって、主従関係において、諌言を聞き入れない主君の下にはとどまるべきではありません。殉死も衆道も結果として否定されるのです。

この点は、主君が諌言を聞きいれないとしても、主君の味方となるのみならず、主君の身代わりになるべきだと主張する武士道論とは決定的に異なっています。

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ちょっと気になりますね〜 山鹿素行さん!

このかたの思想は後に吉田松陰にも多大な影響を与えているようで、そういう意味では明治維新の改革を進めた隠れた力になっているのかもしれません。

山鹿素行が流刑中の赤穂で書いた「中朝事実」もかなり気になります。


そんなわけで、今晩は陣太鼓を食べながら忠臣蔵鑑賞会で〜す!

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世界最大の鐘を突く♪ (2010/01/29)

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先日、熊本県玉名市の実家に帰郷した際、クルマで30分ほどの山の頂上にある蓮華院誕生時・奥の院(真言宗)にて世界最大の釣り鐘を突かせていただきました♪

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当初はまったく意図してなかったのですが、いくつかのシンクロが重なってここに来させていただきました。

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発端はこんど改めて紹介させていただく、音楽家の奈良裕之さんをめぐるご縁です。

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まさか突かせていただけるとは思っていなかったのでECCOラヂオくんを連れて来なかったのが悔やまれました。

そんなわけで、失礼を承知で突いた直後に残響だけでも、と思ってムービーカメラを回させていただきました。

もちろん音の振幅が大きすぎてほとんど録れていません。でも周りの空気はもちろん、身体もビリビリ振動していました。次回はぜひ、ECCOラヂオくんと共に鐘の真下に立たせていただきたいですね〜

ところで、昨日、面白いシンクロがありました。

以前から気になっていながらいかずにいた近所の寿司屋(知人の嫁ぎ先)があって、とりあえずランチでも、と昨日初めて暖簾をくぐったわけですが、カウンターに座るとラジオが聞こえてきました。

番組の感じからNHK(AMラジオを耳にするのは恐らく15年ぶり)です。

するといきなり「たまな」の話をしています。先日行って来たばかりの、しかもかなりローカルな街なので耳を疑ったのですが、やはり熊本県玉名市と言っています。そこでは、濃厚な豚骨スープで知られる熊本ラーメンの発祥は玉名ラーメンである、と解説していました。ボクには初耳でしたが(笑)。

その後、玉名を流れる一級河川「菊池川」がかつて西南戦争の際に薩摩藩と官軍との激戦区になったことなどが語られ(これもちょっとしたシンクロでここ数日、なぜか西郷隆盛のことを考える機会があったりした)、番組の最後には、今日は蓮華院誕生寺奥の院から放送させていただきました〜 と結んだのであった。


そんなシンクロがあったおかげで、お蔵入りになりかけていた蓮華院のフォト日記が本日アップされることになったのでした(笑)

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日本晴れ上空より♪ (2010/01/26)

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24〜25日、父親の74歳の誕生祝いに熊本の実家に帰って参りました♪

 
東京上空から九州にかけてほぼ雲のない快晴だったのでまたまた航空写真のお土産です♫

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まもなく墨田区のスカイツリーにシンボルの引き継ぎをする港区の東京タワー(奥の緑地は皇居!)。


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緑地帯は左から代々木公園、新宿御苑、神宮球場を挟んで赤坂御所、その手前にあるのが青山墓地。


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いきなり、浅間山!

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諏訪湖(右端手前)の向こうに見えるのは北アルプス


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真下には南アルプスが・・・


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手前が南アルプスで奥が北アルプス。

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霊峰御岳山 空から参拝♪


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雲海からわずかに顔をのぞかせているのは、霊峰白山? 
昨年行きたかったけど行きそびれました〜 やはり空から参拝♪


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地上を見下ろすと山際の街は風の影響で見事に半分だけ雪が積もってますね。琵琶湖の手前です。

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色は見事なウルトラマリンブルーだけどスカイブルー

これは昨日、帰りの便から♪
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夕刻は雲がああったほうが美しさがダイナミックですね♪
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こちらは雲のない空・・・幽玄です。
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今回はこんなところで。


おっとオマケにもういちど富士山
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さようなら歌舞伎座〜(追記あり) (2010/01/22)

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一昨日、銀座の歌舞伎座に市川團十郎さんの「勧進帳」を観に行って参りました〜

実は最近、30日の上映会に向けて夜中のDVD鑑賞は過去にさまざまなスタイルで映画化された忠臣蔵三昧でして(笑)、先日観た東映版「赤穂浪士 天の巻・地の巻」(1956)に勧進帳を彷彿させるエピソードがあったのです。

というか、その時点では勧進帳とは知らず、ボクは黒沢明監督の「虎の尾を踏む男たち」(1945)のエピソードを思い出し、あらためて調べたらそのまんま原典が勧進帳だったという次第。

そこで新春歌舞伎としていま歌舞伎座で市川團十郎さんが勧進帳をやっていることを思い出し、ダメ元で翌日の歌舞伎座のチケットを調べたら・・・なんと2席だけ二等席の、しかもなぜか通路前のゆったり座れる特等席が空いているではありませんか!

というわけで・・・
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今回は二等席から観覧させていただきました。


もちろん、上演中の画像はありません。


やっぱり歌舞伎座の横長の舞台は観ていて落ち着きます。


新橋演舞場の舞台サイズが通常の映画サイズ(ビスタサイズ)だとしたら、歌舞伎座の舞台はまさしくシネマスコープサイズといえるでしょう♪

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視界いっぱいの横長の舞台をぼんやり見ていると、個人的にはなぜか視界いっぱいに広がる龍安寺の石庭を正面に据えたときの感覚を思い出してスッとした気持ちになるのです。

今回の演目は

第一部が、市川染五郎、中村橋之助が舞う春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)
第二部が、松本幸四郎が主役を務める梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
第三部が、弁慶を市川團十郎、義経を中村勘三郎が演じる勧進帳(かんじんちょう)
そして最後が中村 吉右衛門による忠臣蔵外伝、松浦の太鼓 (まつうらのたいこ)

という大御所がひしめく豪華キャスティング♪

演じられた三つの物語はどれも”忠義”をめぐって展開されるもので、忠臣蔵も含めて江戸時代の庶民がいかに”忠義”を尊んでいたかが伺えます。

そして今回あらためて認識したのは、この”忠義”なるものが、一般的に語られているように、必ずしも主君に対して絶対的に仕えることではない、ということでした。それは常に”本質”に向かっていて、そもそも主君自身が本質と向き合っていなければ、すぐれた家臣ほど見損なわれる、ということが示唆されています。

ここに時代が求めた痛快な”粋”のこころがあるようです(現代人が見直すべきテーマです)。

しかしこの話はまた忠臣蔵上映会をめぐって展開させていただきます。


それにしても今回もイヤホンガイドに助けられました。

前回、新橋演舞場で観た花形歌舞伎は古典を踏襲しながらも猿之助によって現代的に演出されたものだってので素人にもまだ解りやすかったですが、今回は古典の王道だったため、それなりに歌舞伎の決まり事を理解していないと何が起こっているか解りかねる、という場面がしばしば感じられたのも事実で、それにしても決して舞台の進行の邪魔にならないように絶妙なタイミングで解説が添えられるのには何度も驚かされました(というか、この解説が生ライブであると知ってさらに驚きました 汗)。

なかでも小山観翁さんの勧進帳解説はある意味名人芸の域に達していると思われ、たいへん聞き応えがありました。


幕間は充実したおみやげコーナーへGO!

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まもなく立て替えられる歌舞伎座自身もしっかりおみやげになってます。
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ボクが思わず買ってしまったのはコレ!
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頭印の巾着と招福の打ち出の小槌♪


今回は大御所ならではのどっしりとした貫禄の芸というものを堪能させていただきました。積み上げられてきたものの巨大な、しかし軽妙な芸のたたずまいに感服♪

終演後、歌舞伎座の外は大変なことになっていました。
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取り壊しまであと100日! 無理もありません。
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実際、歌舞伎座に到着してからずっと感じていたことがありました。

それは、観客のほとんどが観劇ではなく観光で歌舞伎座に来ている、という心象です。

まるでマチュピチュのような遺跡に訪れるかのように、ツアーバスで次々に乗りつけてくる観光客の群れ。

押し合いへし合いする観光客の中をすり抜け、着物の御夫人が乗り付けたタクシーに滑り込み、一路退散〜
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取り壊しが決定してしまった歌舞伎座は、すでにして生命を奪われた遺跡のように寂しくたたずんで見えました(哀)。


でも来月はきっと玉三郎さんを観に行こう〜♪


ECCO農場はいつも快晴♪ (2010/01/19)

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1月17日に3度目の種まきに行ってきました。

前回(12月27日)ビニールハウス内にまいた麦は着実に成長していました。
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が・・・・・・・・

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最初(12月6日)にまいた麦はすべて鳥さんたちにしっかり食べられていました(苦笑)

鳥さんたちの足跡・・・。
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それでもめげずにあたらめて麦をまきます。そのうち鳥さんたちも少しは遠慮してくれるでしょう♪
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今回は新たなビニールハウスに野菜を仕込みます。
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この小さな粒はハツカダイコンの種。
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掘った溝のあちこちから虫さんたちが這い出してきます(良い土の証拠です)。
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このキャビアのようなつぶつぶはなんと小松菜!
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さやえんどうはまるで何かの錠剤のようです。
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これは前回植えたジャガイモの葉です。4月頃には400キロの収穫!?
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もともと栽培されていたカブを最後に抜かせていただいて
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amazon.comで配送〜(嘘です)
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次回は2月の半ばかな〜♪


新春歌舞伎! (2010/01/07)

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昨晩は歌舞伎を観てきました〜♪


今回はまもなくリニューアルを控えている歌舞伎座ではなく、新橋演舞場にて若手の競演がワクワクの新春花形歌舞伎

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観て来たのは夜の部の演目「伊達の十役」

夜の部といっても開演は16時から全5幕あって終演はなんと21時半!

外題にある『慙紅葉汗顔見勢』(はじもみじあせのかおみせ)とは、一人の役者が十人もの人物を、まるでマジシャンのごとく50回近くも早変わりで演じ分けるうちに、恥もなく顔を真っ赤にして汗をほとばしらせる様をうたっているそうな。


かくして主役の海老蔵さん、目を凝らしていても見紛う早さで男から女へ、悪人から善人へ、あっぱれな早変わりの術(忍術?)を見せ、舞台の上手から下手さらには奈落を駆け回り、果ては中空を遊歩して煙とともに消えてしまう場面まであったり・・・

「いよ! 成田屋!」 と素人ながら思わず声をかけたくなる場面もしばしば。


こんなに楽しい娯楽はここしばらく堪能したことがない、と言い切れるほどの面白さ(AVATARよりも断然面白かった! やっぱり伝統ある芸の力に支えられた生の舞台には代えられない)。


日本人でよかったなぁ〜 と素直に思えた5時間半。


今度は歌舞伎座に父、 團十郞さんを見に行こう〜(もうチケット無理かな 汗)
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勧進帳(弁慶)


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2010年 明けましておめでとうございます♪ (2010/01/01)

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本年もよろしくお願いいたします♪


オーナーは元旦恒例となった年越しタンク〜 

今回はタンクのトップにお社をお祭りして初詣も兼ねて(中が空っぽなのがミソ)。

アヒルちゃんは狛犬です(笑)
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元旦満月!(月食時は寝てました 汗)

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