フォト日記

無事帰還しました♪ (2008/09/26)

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アマゾンをポータルサイトとした異次元の旅は予想を遙かに超えてドラマチックで、自分の存在の根源に帰り、すべてを思い出し、3次元界(この世)で今後具現すべきことを受け取る3段階のステップとして体感できました。

写真左はアマゾンで生活する現地のシャーマン、アントニオさん、隣はラトビア出身でイタリア在住の若きガイド(今回のセミナーをすべて取り仕切った)、エドモンドさん。

すさまじかったAYAHUASCA体験の詳しいレポートは近々コラム欄にアップさせていただきます。

待てない人はECCOに浮かびに来てください♪

ECCOはすでにアマゾンのエネルギーと直結してます。
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ここしばらく、このフォト日記のコーナーは残りのペルーツアー報告になりますね♪

クスコより愛を込めて その5 ミゲルくん登場! (2008/09/16)

クスコの観光名物といったら、これ!
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カミソリの刃も通さない正確さで組まれた12の角をもった石垣。インカ帝国による現代文明をも凌ぐ高度な技術を象徴する3トンの要石を見ずしてクスコを通過する観光客はまずいないだろう。

そんなわけでアマゾンに行くまでは観光気分のECCOツアー、クスコ最初のターゲットはホテルからも近いので必然的にこことなった。

ボクは若干高山病の気があるのかホテルを出るとすぐに頭が締め付けられるような違和感を覚え、普通のスピードで歩いてもいつもより息が上がっているのが感じられるので、みんなの後ろをゆっくり歩いていくことにする。

わずか5分足らずで問題の路地に到着。すると先に着いていた二人がたどたどしい英語で少年に声をかけられているのが聞こえてくる。

「アー・ユー・ハポネス? ドゥー・ユー・スピーク・イングリッシュ?」
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”あ〜あ、さっそく日本人観光客のカモと見なされたかなぁ”

いぶかしんで近づくとまだあどけない表情の少年が自信たっぷりに「セニョール、アミーゴス、マイ・ネーム・イズ・ミゲル。ユア・ネーム?」とまっすぐ見つめて手を差し出してくる。

いきなりシンクロがあって驚いた。

実は前の晩、日本語ガイドのニコさんと運転手さんと分かれた後、運転手さんの名前を忘れていたことに気がついたのだ。そこでボクは勝手に彼のことを「ミゲル」さんということにして、そのことに触れた上でフォト日記で紹介しようと思っていたのだった。

”なぜミゲルという名前が突然思いついたのか、そんな名前のことなんて考えたこともなかったのに・・・意外と本当にミゲルさんだったりして”などと考えていた矢先に彼が現れたのだった。
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ECCO的なシンクロを確信したボクはすぐに彼をクスコでのガイドとして雇うことに決めていた。

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この壁にはクスコのシンボルであるピューマが隠されているという。英語圏の旅行客から差しで学んだ英語を駆使して雄弁に壁の深遠さ説明するミゲルくんには自国文化に対する誇りが感じられる。

いつしかボクはこれと同じシーンを最近DVDで見ていたことを思い出した。

モーターサイクル・ダイアリーズのワンシーンだ。

後に南米中から愛される革命の闘志となった若きチェ・ゲバラが医学生時代にオートバイで南米1万キロの旅に出かけ、その先々のリアルな出会いの中で南米世界をむしばむ現実に気づき闘志としての資質を育んでいく、という実録フィクション。

冒頭でチェとその友人がクスコに到着し、ドン・ネスターという若きガイドに伴われてペルーの文化背景を知るくだり。
「どっちがインカ人のつくった壁なんだい?」
「こっちからがインカ人であっちからがスペイン人がつくったものだよ」
「ボクたちはよくジョークで言うんだけど、こっちの(完璧な)壁はインカ人がつくったもので、あっちの(半端な)壁はインケイパブル(無能者)がつくった壁だってね。インケイパブルってもちろん(侵略者)スペイン人のことだよ。」

そしたらさっそくミゲルくんがボクに訊いてきた。
「モーターサイクル・ダイアリーズは見ましたか? こっちがその例の壁です。ここに二人の俳優が立って実際にここで撮影したんです。ガイド役をやったのはボクの友達で当時はまだチビだったけどもう大きくなってますよ。」

そこで、さっそくミゲルくんに同じシーンを再現してもらった(笑)
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それからミゲルくんに持ちかけてボクらはクスコ市街を離れてちょとした冒険に出た2時間後、たまたまその成長したガイド役に遭遇することができた。
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*上のYOUTUBE動画、6分半あるので是非最後まで見てください。後半にはマチュピチュが出てきます!


クスコより愛を込めて その4  (2008/09/16)

いきなりマチピチュ!

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ちょいと時間がないので聖なる谷〜オリャンタイタンボのフォト日記は割愛させていただいてひとまずマチュピチュの写真を解説無しで一挙公開します(それでも一部ですが)。

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解説は後で時間ができ次第少しずつアップします♪

取り急ぎ〜

クスコより愛をこめて(笑)その3 (2008/09/16)

先ずは高山病を避けるべく、標高3200mのクスコから標高2600mのウルカバンバ川が流れる聖なる谷を目指します。

と、言いながらボクらを乗せたクルマはどんどん山を上昇していきます(汗)。
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先ずはクスコ市街を見下ろすポイントで記念撮影〜♪ 写真左は現地のインディオではなくECCOツアー三人目の参加者やぎっちです。彼は人生を変容すべく(?)会社を辞めての参加となりました(もっともECCOとしては責任を負いかねますが)。それでも幼少期はサンパウロで育ち、クスコやマチピチュも10歳の時に訪れたということで微妙に心強いです(笑)。

クルマは下る気配を見せることなくどんどん高知へ〜 約1時間そのままさらに空に近い3800mの最高地を経て一挙に渓谷を下っていきます。

このときに驚かされたのは、あたりに何もないような一本道に忽然とインディオの子供が一人だったり二人だったりで歩いているのを見かけることでした(このあたりはずっとムービーカメラを回していたので写真がありません)。「君たちはいったいどこから来てどこに行くんだ〜?」というフレーズが何度も頭の中をよぎりました。かなり哲学的示唆に富んだ眺めです。

ニコに聞くと彼らは険しい山の向こうから、明日(日曜日)に開かれる市場を目指して長距離を下りてくるそうです。中には信じられないくらい大きな荷物を抱えている老婆や男も見られます。

クスコに降り立つ前に空から見たアンデス山間部の集落が思い出されます。そんな彼らのたたずまいには畏怖する感覚ともの悲しい感覚がせめぎ合うように感じられてしまいます。


クスコより愛をこめて(笑)〜 その2 (2008/09/16)

あれからさっそくクスコ市街で面白いシンクロ展開になりましたがその話はまたあとで。


13日の朝、これまでボクの人生から排除し続けていた納豆と梅干しを受容し、今回のECCOツアーが改めて根本的な受容と変容の旅であることを実感した後、9時45分の便でリマからクスコへ約1時間の旅。

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雲の上から見下ろすアンデス山脈は、荒涼とした赤い地肌の岩山が複雑に入りくみながら、まるで生命の営みを感じさせないほど過酷な自然の姿を露呈させていた。しかし、よくよく見ると、渓谷のなかを血管のごとく絡み合う道や川の狭間にチラチラと小さな集落が点在しているのが確認される(道と行ってもクルマの通る道ではないのが明らかな地形なのでこれは山岳民族のインディオによる畏怖すべき生命力の証であることが後になってわかった)。

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飛行機から降りたら澄んだ空がなんと近いこと! 現在の首都リマの空気があまりにも淀んでいたのでこの空気感の対比には感激するものがあった。

さっそく、今回のECCO遺跡巡りを手配してもらった旅行代理店ナオツアー
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写真は今回お世話になった運転手さん。

さっそく代表のナオさんからコカの葉っぱ入りのコカ茶で歓待!
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そしてここでまたもやシンクロが発覚!なんとナオさんはほぼ日刊イトイ新聞の読者で板尾さんの記事を読んでいたらしい。それで次回日本に行くときはECCOに行きたいとECCOのURLをブックマークに入れていたというのだ。

そもそも彼女が以前NHKの番組を見ていたことから同行の高橋くんの住所に記されていた三鷹天命反転住宅に興味をもっていて、その話の流れから発覚したことだった。彼女にしてみれば東京に関する情報で最近気になっていたものを所有する人間が二人も同時に現れたのだから、ここでいきなりECCOマジックにかかったわけだ(笑)。

いやはや幸先の良いスタートとあいなりました♪
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写真中央はナオさんと流ちょうな日本語でガイドを担当してくださるニコ(ニコラス)さん。


オーラ! クスコより♪ (2008/09/15)

ようやくフォト日記がアップ可能な環境にたどり着きました〜

今ボクたちが滞在しているのはかつてインカ帝国の首都だった標高3200メートル(!)の古都クスコ。


12日の17時に成田を発ち、およそ11時間後にロサンゼルスで3時間のトランジット後、8時間のフライトを経てペルーの首都リマに到着したのは、現地時間の13日深夜12時過ぎ。日本人観光客で溢れる長蛇の列の税関をようやくくぐったときは深夜1時半を回っていました。

リマ空港ではすでに手配していた日本人経営の宿から迎えが来ていて、予想以上に肌寒い夜空を一路宿へ。閑散とした旧市街地を抜け、アットホームな雰囲気の部屋でようやく全身を伸ばして眠れることの有り難さを噛みしめつつ、たった4時間の睡眠でもう朝7時。それでも数時間は機内で寝ていたので時差を感じることもなく清々しく起床できました。

朝食で出てきたのはオーナ自慢の自家製和食!
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自家製の漬け物や切り干し大根を旨い旨い!と食べていると次に出されたのが自家製納豆に梅干し〜!!

実はボクは日本人でありながら幼少期のトラウマがあったのか、納豆と梅干しだけはこの年まで”食えません”で通してきたほど、の食わず嫌い。

しかし一瞬躊躇したものの、今回のツアーが”根本的な意識の変容を受容すること”がテーマであったことを思い出して、初の南米での最初の朝食が納豆と梅干しであるというのも超越的なシンクロであると受け入れて素直に頂きました。

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納豆はある程度予想していた味ではあったもののかなり旨いと感じることができました。もっとも、納豆通の他の二人が絶賛するほどのものだったというのもあるので、今後日本で納豆を食べる習慣ができるかどうかは疑問ですが(汗)。

梅干しは・・・これも昔からある本来の味そのものだそうで、初めてのボクにはかなりしょっぱ辛い味でしたがご飯がいっぱいあれば良い感じでした。


な〜〜んて、南米からの初フォト日記が何故和食の話で終わってしまうのでしょう?(笑)。

これからクスコを三人で散策しに行ってきます。ペルー時間は朝九時です♪


今日中にあと三日分アップする予定なのでよろしく〜

シンクロ課題図書 その2 (2008/09/12)

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『アヤワスカ!』

そのままズバリ! な一冊。

ボクはこの著者であるアーティスト、akiraさんとはずいぶん前にご縁があって会ったことがあった。まだボクが20代後半で舞台芸術の末席を汚していた頃、アーティストを標榜する輩が集まるパーティーで彼がかなり怪しい作品を展示をしていたのだった。お互いにまだギラギラしている時期だった(笑)。

そして15年後、ECCOを始めてまもなく、マッドサイエンティスト・リリィ博士のアイソレーションタンクをボクが所有していることをどこかから聞きつけて来たakiraさんと再会を果たした。

自分の糞便や精液を使った過激な創作活動を展開していたアーティストだったとは思えないほど、彼が穏やかで慈しみ深い人物に変貌を遂げていたことに驚かされた。

今にして思えばakiraさんにそのような変容をもたらしたのが、このアヤワスカ体験だったのだろう。

当時はぼんやりとしか彼から聞くアヤワスカの話を受け取っていなかったが、まだタイミングではなかったのだろう。後にECCO会員を通してakiraさんの著書『アヤワスカ!』を受け取ったが、とくに読むこともなく他の会員に貸したまま紛失してしまった。


そしてペルーツアーがよいよ決定し、本格的に準備を始める3週間前になってこの書籍のことを思い出したのだった。

ところがamazon.comで購入しようと検索をかけると1500円未満だったはずのものがなんと7000円強になっているではないか〜!

さすがに購入する気も失せて素直に諦めることにした。 フロー道である(笑)

すると間もなく、夜の遅い時間に登録していない番号から携帯が鳴る。こんな時間に新規客が電話してくるか・・・


「あの〜 夜分スミマセン、宮部さんの携帯ですか?」
「はい」
「あの、ご無沙汰してます、アキラですけど」
「アキラ・・・さん?」
「ええ、アーチストのアキラです、日光に住んでる」
「おお! akiraさんですか!」
「いや〜 6年ぶりくらですかね、すみません突然に」
「いえいえ、グッドタイミングですよ! 実は来月の半ばからボクもペルー経由でアマゾンに行くんですよ」
「ほ〜〜! アヤワスカやるの?」
「そうなんですよ、ちょうどよかったですよ、akiraさんの本を探してたんですよ」
「ああ、あれ、もうとっくに絶版で俺も持ってないんだよね。実はさ、宮部さんにお願いがあるんだけど・・・」
「はい?」
「明日の晩、宮部さんちに泊めてくれない?」
「え? ECCOでよろしければ、いいでけど・・・」
「次の日の朝10時の船で小笠原に行くことになてってさ・・・日光からだと遠いんで前乗りで東京に泊まる必要があってさ、友達はいっぱいいるんだけど、何故か宮部さんのことを思い出したんだよね」
「いや〜 それはもう願ったりですよ、アマゾンやアヤワスカの話も本人に直に聞けるわけですし」

フロー道である(笑)。

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で、数日後、なんと港区の図書館にakiraさんの『アヤワスカ!』が所蔵されていることが判明した(笑)


そんなわけで今回のツアーはやはり超越的な流れに祝福されている模様!


行ってきま〜〜す!

環境がよければ現地からフォト日記をアップします!

シンクロ課題図書 その1 (2008/09/10)

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『インカとスペイン 帝国の交錯』

海外のパワースポットに行くときは毎回そうだけど、今回もいくつものシンクロが重なって2月ころにはペルーに行くお膳立てが整えられていった。

6月にはいよいよその流れを無視できなくなりECCOペルーツアーを積極的に考えるようになっていた。

そこでモチベーションを上げるべく、先ずは普通に『地球の歩き方 ペルー編』を購入しようと(笑)近所の古本屋に入った。こういったちょっとしたガイドブックに定価1980円は高いと感じてしまう。しかし期待したシンクロマジックは起こらず、新刊の『地球の歩き方』が並ぶその棚に「ペルー編」を見つけることはできなかった。

ところがその棚には別の新刊本も並べてあり、かわりに見つけたのがこの『インカとスペイン 帝国の交錯』だった。手にすると金額も2300円とあり、かなりしっかりした学術書であることが伺われた。しかも2008年5月19日初版とあるのでわずか2週間前に出たばかりの新品。それが1470円になっていたので迷わず購入。この出会いこそが滅多に入らないこの古本屋に今日入ったシンクロだと理解した。

その晩のうちに知人に代行で買ってきてもらった『地球の歩き方 ペルー編』を眺めていると、遺跡の説明のことあるごとに”スペイン人の征服者たちに滅ぼされてしまった偉大な文明”というような記述が為されていることがだんだん違和感として感じられてくる。

たかだか旅行ガイドブックがこれから訪れる人々を前にそんなに単純化した歴史を刷り込みのごとく解説してしまって良いのか? そんな疑念から先に購入した『インカとスペイン 帝国の交錯』を紐解いてみた。

まさしく我が意を得たり。ことはそんなに単純ではないことが東京大学教授の真摯な筆致で繊細に解き明かされていく。同時代の古文書や手紙、日記等様々な記録文献を掘り起こしながら再現される見えざる歴史。

それは南米の歴史にかぎらずヨーロッパの歴史、さらにアジアの歴史とも複雑に絡み合いながら、流浪の民ユダヤの跳梁によって加速させられていくグローバルな歴史の律動のなかで生じていたことだった。

”純粋なインディオ文明が奢った白人文明によって壊滅させられた”なんて言説はおとぎ話よりも始末が悪い。

そもそもインカも”帝国”なのだった。帝国主義とは外部への拡張をその本質とする国家社会のあり方であり、それ故に拡張の終焉が帝国の終焉のときなのだった。

実際に、南米大陸を縦断するように他民族を力で征服して行ったインカ族は、その拡張の行き詰まりの末にはその外縁と内部においてすでに反乱分子を多数抱えており、そこに海を越えて拡張してきたスペイン帝国がシンクロナイズするように交錯してきたのだった。

視点を自在に俯瞰させること。

しかしながらこの本を通してつくづく感じさせられたのは、ボクらは高等教育によっていかにヨーロッパ中心の世界史を学ばされてきたのかという事実だった。


しかし、もっと驚いたのはインカ帝国が200年にも満たない短命の帝国だったということ。じゃ、あの高山に連なるおびただしい数の巨石の要塞はいったい誰がどのようにして築きあげたの???

車も持たない文明が、数十トンもの巨石を数十万コ単位で500キロ〜1600キロの道のりを標高2500〜3500の山の頂にわずか200年のあいだでどうやって築いていったのか???

残念ながらこの神秘にはまったく応えてくれていないのがアカデミズムの限界なのであった。


これはもう、直接見て触ってフロー道的に感じてくるしかないな〜

トンカラリン動画集 といっても最後の出口付近だけ(笑) (2008/09/02)

フォト日記ならぬムービー日記ですが。

詳しい解説は抜きでとりあえず雰囲気だけでも。


動画はトンカラリンの最後の難関をくぐり抜けたところです。

20メートルほど勾配のある窮屈な石のトンネルをはい上がり、左に直角に折れるといきなり光に照らされて、
もうちょっとで出口〜

子供も含めて数珠つながりで入ったので最後の難関も意外と怖くはなかった模様。

ひとり、撮影のために入り口付近のトンネルに入ったところ、先頭のボクをナビゲイトしていたコウモリがまた出たり入ったりしだしました。

地元のボランティア杉原さんの解説

また来年も行きます♪

一燈を提げて暗夜を行く・・・ (2008/09/01)

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今日、9月1日に神社庁から支給された『いのちの言葉』。
江戸後期の儒学者佐藤一斎のことば。

意味するところは
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なんと! これはまさしく昨日新月にトンカラリンで体験した状況そのままを言い当てたことば。

もとろん、”生きる”ということそのものにおける深遠なことばであるけれど、再生儀礼として通過するトンカラリンは、ある意味”生きる”ことそのものを圧縮した濃密な異次元なのであった。

先頭を行くボクの前には見えないけど超音波ソナーシステムを持ったコウモリのお導きがありましたよ♪
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何度も何度も行きつ戻りつしながらボクが地上に這い出すまでコウモリがナビゲイト。這い出すとしばらくボクの周りをひらひらと舞いながら祝福してくれました。

たとえ見えていなくても超越的な計らいはちゃんとある、信頼しなさい、ということかな。

そんなわけでタンクの水も入れ替えたし、今日からECCOは再出発〜!!!

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